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鬼門は今更いうまでもなく、丑寅(うしとら)の方角です。
何故、丑寅の方位が鬼門かというと昨日と今日が入れ替わる
時刻(真深夜)だからというのが定説のようです。
ここから鬼の姿といえば、牛の角に虎のパンツが定番となって
いるようですが。
昨日の太陽が滅んで、新しく今日の太陽が誕生するバトンタッチ
の時刻が丑寅の時刻であり。昨日の太陽の力は衰え、誕生した
ばかりの今日の太陽の力もまだまだ弱い時間帯がこの時刻帯で
あり、陽の力の最も弱っているこの時間帯に陰である禍々しい
もの → 鬼 が出てくると考えられていたようです。
1年もまた循環します。春夏秋冬を巡りまた新しい春夏秋冬へと
再生して行きます。秋に収穫した種を厳しい冬を越すことにより
春に播けば、植物は再生し秋には豊かな実りを与えてくれます。
正月には日本各地の神社で的射ち神事がありますが、これは
太陽の再生を願うために、前年の太陽にみたてた的などを射て
射ち捨て、或いは流すなどして新しい太陽に力をつけさせる行事
のようです。
暦も又、再生を繰り返します。干支は子から始まり亥で極まり
また子へと循環再生してゆきます。
すると、矢張り新しい年に力を与えるために古い年は射ち捨て
なければならないのではないのか。それが、
亥子 → イネ → 去ね → 稲(いね)
と繋がっていくのではないかと考えた次第です。
的を得ているでしょうか? r(・_・;)
何故、丑寅の方位が鬼門かというと昨日と今日が入れ替わる
時刻(真深夜)だからというのが定説のようです。
ここから鬼の姿といえば、牛の角に虎のパンツが定番となって
いるようですが。
昨日の太陽が滅んで、新しく今日の太陽が誕生するバトンタッチ
の時刻が丑寅の時刻であり。昨日の太陽の力は衰え、誕生した
ばかりの今日の太陽の力もまだまだ弱い時間帯がこの時刻帯で
あり、陽の力の最も弱っているこの時間帯に陰である禍々しい
もの → 鬼 が出てくると考えられていたようです。
1年もまた循環します。春夏秋冬を巡りまた新しい春夏秋冬へと
再生して行きます。秋に収穫した種を厳しい冬を越すことにより
春に播けば、植物は再生し秋には豊かな実りを与えてくれます。
正月には日本各地の神社で的射ち神事がありますが、これは
太陽の再生を願うために、前年の太陽にみたてた的などを射て
射ち捨て、或いは流すなどして新しい太陽に力をつけさせる行事
のようです。
暦も又、再生を繰り返します。干支は子から始まり亥で極まり
また子へと循環再生してゆきます。
すると、矢張り新しい年に力を与えるために古い年は射ち捨て
なければならないのではないのか。それが、
亥子 → イネ → 去ね → 稲(いね)
と繋がっていくのではないかと考えた次第です。
的を得ているでしょうか? r(・_・;)
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お隣、朝鮮半島の始祖の母は、熊女とも言う
檀君神話
http://www.lifeinkorea.com/Information/tangunj.cfm
熊には、黒という意味もあるらしい。
黒いから熊でもあるわけだろう。
黒をスミと言うこともあるらしい。この場合は、墨なのだろう。
熊野大角命の大角は、オホスミともオホクマとも訓むらしい。
スミと言えば、神様の呼び名でもある。
住吉とか墨江とも書くが、海人系の綿津見を祀っている。
海人で先ず思い浮かぶのは安曇だ。安曇にもスミが入っている。
そう言えばスサノオの後裔氏族とされるのが、住道スムチの首さんだ。
大己貴(おおなむち)綿津見(わたつみ)山祇(やまつみ)
サァァァァ 解からなくなってきたぞ ォォォォォ~
?(・o・)?
檀君神話
http://www.lifeinkorea.com/Information/tangunj.cfm
熊には、黒という意味もあるらしい。
黒いから熊でもあるわけだろう。
黒をスミと言うこともあるらしい。この場合は、墨なのだろう。
熊野大角命の大角は、オホスミともオホクマとも訓むらしい。
スミと言えば、神様の呼び名でもある。
住吉とか墨江とも書くが、海人系の綿津見を祀っている。
海人で先ず思い浮かぶのは安曇だ。安曇にもスミが入っている。
そう言えばスサノオの後裔氏族とされるのが、住道スムチの首さんだ。
大己貴(おおなむち)綿津見(わたつみ)山祇(やまつみ)
サァァァァ 解からなくなってきたぞ ォォォォォ~
?(・o・)?
日前国懸神社
http://www10.ocn.ne.jp/~hinokuma/menu01.html
ひのくま、檜隈、日前とも書くが、このヒノクマとは何だろう?
熊野信仰というのがあるが、それは何かと考えてみた。
熊野神社と言えば大概、素戔嗚尊や伊弉奈彌命や伊佐奈枳命
を祀っている出雲系神社と言える。では、このクマ kuma って
多分 ”神”様か何かを指す言葉なのだろうけれども今市解からない。
檜隈は、 日神 のこと ???
飛鳥の檜隈は、地図で見ると東西に山の稜線が走っているので、
多分朝晩は日陰になるような地形に思える。
だとすれば、檜隈は → 日陰 であって”日神”とは思えない。
まして 日前 ←ではなく 日後 でも良いくらいではないか?
日前国懸(ひのくまくにかがす)ってクニカガスとは、国を輝かせる
という意味に思える。ではこの場合のヒノクマって r(・_・;)
日前 ← 夜明け前 ← 夜の闇 ← 黄泉
↑ この解釈でいくと
天孫族が奉祭する神は”日神”である。”日神”が来る前に支配していた
神は、”夜の神”である。よって スサノオ は、黄泉の支配者である。
縄文系に近いと思はれるアイヌは、熊を祭る。
熊は、豊穣と再生の象徴でもある。
熊の肉は、神様からの贈り物である。彼らはこれをミャンゲと呼ぶ。
まさに オミヤゲ である。この頂いたオミヤゲを頂っぱなしにし
おいては、翌年また神様がオミヤゲを呉れるとは限らない。
だから、お返しに熊祭りをして アッチ の世界に熊を送り返す。
これが狩猟採集民の発想である。目の前にある獲物を獲るのは、
神様からの贈り物をいただく行為にすぎない。そこにあるから
いただくのである。
↑ この発想は、農耕民には許されない。 そこにあるから
取ってしまうのでは、犯罪である。盗人である。
冬が近づいてくると、猿や熊が山から下りてきて畑や果樹を荒らす
ニュースを時々眼にしますが、同じことか。 (-_-);
古代、農耕民に素直に移行できなかった山の民の中にはこのような
手合いが結構いたものと思われる。農耕民から見れば、胡散臭い
危険な連中である。ある種の蔑視が発生しますね。
日本書紀 神代 上 第七段
素戔鳴尊、乃ち輜轤然(をもくるる)に、其の左の髻に纏かせる五百箇の統の瓊の綸を解き、瓊響(ぬなと)も搶搶(もゆら:正しくは王扁)に、天渟名井(あまのぬなゐ)に濯ぎ浮く。其の瓊の端を噛みて、左の掌に置きて、生す児を、正哉吾勝勝速日天忍穂根尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほねのみこと)。復右の瓊を噛みて、左の掌に置きて、生す児を、天穂日命。此出雲臣・武蔵国造・土師連等が遠祖なり。次に天津彦根命。此茨城国造・額田部連等が遠祖なり。次に活目津彦根命(いくめつひこねのみこと)。次に火速日命(ひのはやひのみこと)。次に熊野大角命。凡て六の男ます。
http://www.ikedakai.com/nihonsyoki.html
凡て六の男というのが天孫族に征服された氏族ということか?
と言うわけで
伊勢から昇った太陽は、熊野山塊に当たり様々な隈を描いて行きます。
この光の当たった部分が天照大神の領分です。飛鳥を中心に考えれば
オヒルです。やがて西の海に沈んでいきます。正確ではないけれど
西の海の出口、紀ノ川の河口に日前国懸神社があります。
光に隠された部分が隈であり。闇の支配者です。闇は、夜が明けるま
での間<前>、つまり
日没 → 隈(前の支配者)→ 夜明け ⇒ 日の再生(大王誕生)
スサノオとアマテラスで ビンゴ オォォォォォ~
と、天孫族の前の支配者をスサノオに括って出雲にホオッタほうり
不比等であろう。日前国懸神社が現地に移設されたのは元明天皇の
時代というから藤原不比等の最終の宗教政策の一環でもあったのだろう。
それが、藤原四兄弟の相次ぐ死により、疫病神とされたスサノオを
蘇らせたとしたなら、ナント皮肉なことか?
この世に恨みを残した霊魂の復讐を抑えようと、当時の人びとは
本気で信じたようだ。いわゆる御霊信仰ですな。
天神さんも一肌脱いで
結果、蟻の熊野もうでとも表現された現象が生じた。
この結果をみるとスサノオの原点は、出雲ではなく熊野のような
気がします。それとも熊野別当あたりの発明か?
坊主、丸儲け デスナ └(゚Д゚)┘)))
http://www10.ocn.ne.jp/~hinokuma/menu01.html
ひのくま、檜隈、日前とも書くが、このヒノクマとは何だろう?
熊野信仰というのがあるが、それは何かと考えてみた。
熊野神社と言えば大概、素戔嗚尊や伊弉奈彌命や伊佐奈枳命
を祀っている出雲系神社と言える。では、このクマ kuma って
多分 ”神”様か何かを指す言葉なのだろうけれども今市解からない。
檜隈は、 日神 のこと ???
飛鳥の檜隈は、地図で見ると東西に山の稜線が走っているので、
多分朝晩は日陰になるような地形に思える。
だとすれば、檜隈は → 日陰 であって”日神”とは思えない。
まして 日前 ←ではなく 日後 でも良いくらいではないか?
日前国懸(ひのくまくにかがす)ってクニカガスとは、国を輝かせる
という意味に思える。ではこの場合のヒノクマって r(・_・;)
日前 ← 夜明け前 ← 夜の闇 ← 黄泉
↑ この解釈でいくと
天孫族が奉祭する神は”日神”である。”日神”が来る前に支配していた
神は、”夜の神”である。よって スサノオ は、黄泉の支配者である。
縄文系に近いと思はれるアイヌは、熊を祭る。
熊は、豊穣と再生の象徴でもある。
熊の肉は、神様からの贈り物である。彼らはこれをミャンゲと呼ぶ。
まさに オミヤゲ である。この頂いたオミヤゲを頂っぱなしにし
おいては、翌年また神様がオミヤゲを呉れるとは限らない。
だから、お返しに熊祭りをして アッチ の世界に熊を送り返す。
これが狩猟採集民の発想である。目の前にある獲物を獲るのは、
神様からの贈り物をいただく行為にすぎない。そこにあるから
いただくのである。
↑ この発想は、農耕民には許されない。 そこにあるから
取ってしまうのでは、犯罪である。盗人である。
冬が近づいてくると、猿や熊が山から下りてきて畑や果樹を荒らす
ニュースを時々眼にしますが、同じことか。 (-_-);
古代、農耕民に素直に移行できなかった山の民の中にはこのような
手合いが結構いたものと思われる。農耕民から見れば、胡散臭い
危険な連中である。ある種の蔑視が発生しますね。
日本書紀 神代 上 第七段
素戔鳴尊、乃ち輜轤然(をもくるる)に、其の左の髻に纏かせる五百箇の統の瓊の綸を解き、瓊響(ぬなと)も搶搶(もゆら:正しくは王扁)に、天渟名井(あまのぬなゐ)に濯ぎ浮く。其の瓊の端を噛みて、左の掌に置きて、生す児を、正哉吾勝勝速日天忍穂根尊(まさかあかつかちはやひあまのおしほねのみこと)。復右の瓊を噛みて、左の掌に置きて、生す児を、天穂日命。此出雲臣・武蔵国造・土師連等が遠祖なり。次に天津彦根命。此茨城国造・額田部連等が遠祖なり。次に活目津彦根命(いくめつひこねのみこと)。次に火速日命(ひのはやひのみこと)。次に熊野大角命。凡て六の男ます。
http://www.ikedakai.com/nihonsyoki.html
凡て六の男というのが天孫族に征服された氏族ということか?
と言うわけで
伊勢から昇った太陽は、熊野山塊に当たり様々な隈を描いて行きます。
この光の当たった部分が天照大神の領分です。飛鳥を中心に考えれば
オヒルです。やがて西の海に沈んでいきます。正確ではないけれど
西の海の出口、紀ノ川の河口に日前国懸神社があります。
光に隠された部分が隈であり。闇の支配者です。闇は、夜が明けるま
での間<前>、つまり
日没 → 隈(前の支配者)→ 夜明け ⇒ 日の再生(大王誕生)
スサノオとアマテラスで ビンゴ オォォォォォ~
と、天孫族の前の支配者をスサノオに括って出雲にホオッタほうり
不比等であろう。日前国懸神社が現地に移設されたのは元明天皇の
時代というから藤原不比等の最終の宗教政策の一環でもあったのだろう。
それが、藤原四兄弟の相次ぐ死により、疫病神とされたスサノオを
蘇らせたとしたなら、ナント皮肉なことか?
この世に恨みを残した霊魂の復讐を抑えようと、当時の人びとは
本気で信じたようだ。いわゆる御霊信仰ですな。
天神さんも一肌脱いで
結果、蟻の熊野もうでとも表現された現象が生じた。
この結果をみるとスサノオの原点は、出雲ではなく熊野のような
気がします。それとも熊野別当あたりの発明か?
坊主、丸儲け デスナ └(゚Д゚)┘)))
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職業:
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父は会津、母は信濃出身で、どうみても縄文系の熊八です。北海道生まれで、関東育ち。現在は相模の国に住まいしております。
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